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普段は武装した兵が警備の眼を光らせているため、平氏縁の者しか六波羅邸周辺には訪れることはない。
しかし今日は業者がひっきりなしに裏門から出入りし、様々な品を運び込んでいた。
慎ましくしとやかな女房達も今夜催される宴の準備のために、足音を響かせながら慌ただしく動き回る。

その慌ただしさは、六波羅邸の中でも奥まった場所に位置する部屋に居たにも伝わるくらい。


屋敷には祭りの前の高揚感が漂い、こんな場所でのんびりしていないで自分も何か手伝わなくていいのか、と気になってしまう。
つくづく“姫君”は性に合わないと苦笑いを浮かべた。




「あの、私も何かお手伝いしましょうか」

「えぇ姫様が!?ちょ、ちょっとさきさん〜!」

ゆきとさきが側を離れた隙をみて、自室からひょっこりと顔を覗かせたは外廊下を歩いていた若い女房を見つけると笑みを向けた。


話題の姫に声をかけられただけでも驚きなのに、彼女の口から出てきたのとんでもない言葉で…若い女房は目を丸くさせる。
が姫君らしからぬ言動をとることは知っていたが、この様に声をかけられたのは初めてで…

どう応えれば良いのか分からずに、慌てて暖をとるための炭を運んでいたさきを呼んだ。



「ま〜姫様、今度は何をされたのですか!」

「何事ですか!?」


若い女房が上げた声に「仕えている姫がまた何かやらかしてくれたのか」といつもの事ながら条件反射に、桶から炭を落としそうになりながらさきが、白湯を盆から落としそうになりながらゆきがの元へと駆け付けた。


髪を乱し、息を切らしながら問い詰めてくる二人の迫力には引きつった笑みを浮かべる。

美人で有能なさきとゆきに憧れる若い女房は少なくない。
もちろんが声をかけた若い女房も彼女達に憧れていたのだが、二人の意外な一面を目撃してしまい若い女房は少しばかり怯えの表情を浮かべていた。

しかしには彼女を気遣う余裕などはなく、またお小言を言われるのかと眉が下がってしまう。
こんな時は素直に謝る方が得策だ。
情けないことに自分より年下の二人に全く頭が上がらないでいた。


「べ、別に何もしてないわよ。ただ忙しそうだから何かお手伝いでも、と思って…」


全く貴族の姫らしくないにゆきは溜め息を吐きつつも、彼女の気遣いに緩みそうになる口元を抑えた。


「姫様…お心遣いは嬉しく思いますが、そのような軽率な行動をされては困ります」

「そうですよ。姫様のお手を煩わせるわけにはいきませんし、姫様が女房の真似事をされては皆のが困ってしまいます」

「…わかりました」

二人に諭されて自分の平家での立場を思い出す。
平家には“時子の遠縁の姫君”という触れ込みでお世話になっているのだった。

ただでさえ貴族の姫君らしからぬ立ち振る舞いをしているのに、女房の真似事をしていたらの世話を任されているさきとゆき、それに「仕事を手伝わせた」と、この若い女房の立場をも悪くしかねない。
姫君とは何て不自由な立場なのだろう。

言い訳や我が儘を言うほど子どもでは無い。
すごすごと部屋に戻ることにした。







自室へと戻っていくと付き添って部屋へと入るゆきを見送ると、さきは戸惑う若い女房に「ごめんなさいね」と言う。

「全く姫様には困ってしまうわ」


口ではそう言いながらちっとも困った様子では無く嬉しそうな表情のさきに、若い女房は何度も瞳を瞬かせた。






大人しく自室へ戻っただったが、目の前に並べられた打掛や化粧品に顔をひきつらせてていた。
「とっとと部屋から抜け出していれば良かった」とはゆきとさきには言えないが、心底そう思う。
引きつった表情のを尻目に、ゆきとさきは煌びやかな打掛をの体に当てて楽しそうにハシャぐ。
普段大人びて見える二人が年齢相応の少女に見えて、当事者で無ければ微笑ましく見えるだろう。
あくまでも当事者で無ければ。


「姫様!今宵は平氏の重鎮たる方々が集う宴ですわ。しっかり着飾って行かなければっ!」

「そうですわっ私達が姫様を都一の美姫、と殿方達に思われるように腕によりをかけます」

「はは…手加減してください、ね」

瞳をキラキラ輝かせている二人からは逃れようがない。
大人しく着せ替え人形になるしかないのか。諦めの気持ちからか渇いた笑いが漏れた。










* * * *










日が暮れていくにつれて宴の準備は進み、台所からは美味しそうな匂いが漂ってくる。
徐々に六波羅邸を一門の者が訪れはじめたことが、女房達の忙しなく走り回る足音でわかった。



格子状の障子戸の隙間から夜空を見上げれば、其処に浮かぶのは皓皓と輝く満月。
冬の凍てつく空気が一層と青白く幻想的な満月の光を際立たせていた。
こんな時で無ければ、月を見ながら物思いに耽っていただろうに。




長い睫が微かに揺れて、溜め息と共に半眼に伏せられた瞼が月明かりに照らされたの横顔に深い影を落としていた。


(なんて…富と権力を得た一門を照らすには、なんて妖しすぎる程綺麗な満月。だけど、この先平氏は確実に衰えていく。皆を助けるためには…どうすれば運命を変えられるのだろう)


憂鬱な気分になっているの内心を知らない、ゆきとさきは感嘆の息を吐いた。


「姫様本当にお綺麗ですわ。きっと時子様も将臣様もお喜びになられるでしょう」

「ええ、絵巻物に描かれるどんな姫君よりお美しいですわ。今宵の宴でも殿方達は姫様に見惚れてしまうでしょう」


二人の賛辞の言葉に我に返ると、は少し困惑した照れ笑いを浮かべた。

「そ、そうかな…」

着飾らせてくれた二人には悪いが、腰にきつく巻かれた細帯は腹部を圧迫して呼吸をするのは苦しいし、着せられた着物は重たくて動きが制限されてしまい堪らない。
白粉の白塗り顔だけは嫌だったので化粧はなるべく薄くしてもらったが、久々に施された化粧のため顔面の皮膚が違和感を訴えいた。
「宴なんてどうでもいいから早く脱いで、顔を洗いたい」それがの本音。


しかし、


「失礼いたします。時子様がお呼びで御座います」

「はい…」

呼びに来た時子付きの女房に促されるまま、は時子の部屋へと向かった。


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