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「何故お前のような者がこの場に居る?」

宴の会場となる部屋へ足を踏み入れ、弟二人と共に居る蒼髪の青年の姿を認めると、神経質そうな細面の男は眉間に皺を寄せた。
平 清盛の三男で、知盛、重衡の異母兄である宗盛は父親である清盛に気に入られ、平家一門に受け入れられている将臣に何かにつけて突っかかってきていた。


「宗盛…」


いくら世話になっている時子の計らいとはいえ、今まである意味自分が護っていたを女癖の悪い男達の前に出さなければならないという事になり、内心苦虫を噛み潰していた将臣は思わず苦笑いを浮かべる。

その反応が気に食わなかった宗盛は更に将臣に詰め寄ろうとする。が、重衡が二人の間にやんわりと間に入った。


「兄上…将臣殿をこの場に呼んだのは母上ですよ」

「フンッ山育ちの娘を引き取るといい、この様な得体の知れない者をも参加させるとは…義母上も本当に物好きな御方だ」

嘲笑を浮かべる宗盛に将臣が口を開くより早く、それまで黙っていた知盛が「兄上」と窘めるように言う。
口元を僅かに吊り上げて静かな口調、しかしその目は全く笑っていない。弟の鋭い視線と圧力に宗盛は一歩後退っていた。


他の者達が何事かと視線を向けてくるが、そんな事には構っていられない。
普段は退廃的な雰囲気を放っている弟。しかし智に長け、武将としても平家屈指の力の持ち主である。
それは兄として劣等感を感じるくらい。
本気になった知盛には敵わないことは宗盛には分かりすぎるくらい理解していた。
知盛が何かに気が付き後ろの障子へと視線を逸らした時、ようやく宗盛は息を吐く事ができた。

「皆さん遅れてしまい申し訳ありません」

落ち着いた、しかしよく通る声と同時に障子が開かれて時子が姿を現すと、室内に居る者達は姿勢を正す。


、貴女も入りなさい」

「…失礼いたします」

遠慮がちに紡がれた声は緊張のためか少し震えていた。
が簾の向こうから姿を現すと、それまでのざわめきが静まり衣擦れの音が室内に響く。否応なく時子の後を歩くに視線が集中する。


「なっ…」


義母が引き取った娘は、ただの田舎娘だと高をくくっていた宗盛だったが、時子の後ろから姿を現したを見て呆けたようにポカンと口を開けてしまった。






「あれが…件の姫か」

「ほぅ噂通り美しいな」


舐めるような視線と自分を様々に称する様々な言葉には反射的に部屋から飛び出したくなった。
だが、今この瞬間で平家内での動きやすさが決まってしまう。逃げるわけにはいかない。

覚悟を決めて顔を上げると室内に居る者達へ向けて、柔らかな笑みを浮かべた。






しずしずと歩く姿は確かに貴族の姫君を彷彿させたが、彼女の艶やかな黒髪と白い肌は病的なものではなく健康的な赤みを帯びた色。
牡丹柄の表着と紅を引いた赤い唇も相まって、微笑む姿は見る者に大輪の華を彷彿させた。


「…っ!?」

突然、好奇の視線の中に殺気に近い鋭い視線を感じての足が止まる。
この気配を、よく知っている。
浮かべていた笑顔は一瞬で掻き消えて、はコクリと喉を上下させた。
視線を感じた先を探すと…



(あ…)


紫紺色の瞳とぶつかり、反射的にの目が見開かれる。
銀髪の男が立てた片膝に肘を乗せ、頬杖をついていた。

が気付いた事に、愉しそうにクツリと喉を鳴らすと知盛は目元を細める。


「兄上。姫君に失礼ですよ。
姫君、失礼いたしました」

重衡に会釈されてはぎこちない笑みを返しながら軽く頭を下げる。

「クッ失礼」

クツリと喉の奥で笑うと、知盛はから視線を外す。


知盛のその仕草にチクリと胸が痛んで、知らず手のひらを強く握り締めていた。


頭では分かっていた。こんな態度は当たり前だって。この時空の彼はの事は知らないのだから。
分かっていたが、彼から品定めをするように見られるのが嫌だった。

俯いてしまいそうになった時、彼等の傍らに座る将臣が見ている事に気が付いた。
眉間に皺を寄せて、溜め息でも吐こうものなら今にも駆け寄って来そうな彼に思わず頬が緩む。
「大丈夫だよ」と声に出さないでニコッと微笑んだ。






明らかに愛想笑いではない、柔らかい笑みをから向けられて将臣の表情も緩む。


「姫君と将臣殿は噂通り仲睦まじいようですね。フフ、羨ましい限りです」

「ははは…」

口調はにこやかな重衡だが、醸し出す雰囲気はやけに重い。
よくよく見渡せば周りから冷たい視線が多数送られていて、将臣は背中に冷たい汗が流れていくのを感じた。


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