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“六波羅殿の屋敷”に居たら女房達に「まぁ姫様ったら!?いけませんわ!」と窘められそうだが此処は経正の屋敷。
気兼ねなく外廊下に腰掛けて足を揺らせば、満開の梅の花が香る庭を一望できる。

出されたほうじ茶に似た味のお茶(疲労回復効果のある薬湯だと言われた)をすすっていると、ふと覚えのある気配が近付いてきた事に気付いては顔を上げた。

「あれ…?」

懐かしいこの気配、経正の屋敷なのだからやって来たのはきっと“彼”だろうか。


殿?」

急に顔を上げたに経正が声をかけた時、静かな足音が近付いてきた。





「兄上、先程…」

足音の主は外廊下の角を曲がった先に、経正との姿を認めるとパァッと顔を赤らめる。


「っ、申し訳ございません」


「敦盛待ちなさいそんな態度は姫君に失礼だよ」

慌てながも一礼すると、踵を返して立ち去ろうとする弟を窘めるように経正は声をかけた。
戸惑う敦盛に自分の側に座るように促す。


殿申し訳ございません。こちらは私の弟の敦盛です」

「…平敦盛と申します」



恥ずかしそうに挨拶をするのは紫紺色の髪を結った少女と見紛うばかりの綺麗な少年。
やっぱり彼は可愛いなぁと思いながら、にこっとが笑みを向ければ敦盛は戸惑いながらもぎこちない笑みを返す。

「敦盛君初めまして、と申します」

の名を聞いてから一度頭の中で復唱すると、敦盛はパチパチと目を瞬かせた。


「貴女が…ええっと、貴女はたしか将臣殿の、あ、何故兄上と…?」

「え、私が将臣君の?」

いったい何なのだろう。
視線の意味が分からずに首を傾げてしまう。

首を傾げるに、機嫌を損ねてしまったと勘違いしたのか敦盛は眉根を下げながら身を縮める。
そんな噛み合わない二人の様子に経正は苦笑を浮かべるばかり。


「敦盛、女性にそのような無粋な話をするのは失礼だよ」

「は、申し訳ありません」

「無粋な話、ですか?」


疑問符が浮かんでいるの様子から、何かを言いかけた経正だったが「成る程」と一人呟くと笑みを深めた。
彼女は聡い女性なのだろうが自身の事には鈍い。
…いや、自分と仲の良い青年が周りから何と噂されているのかを知らないだけなのか。


殿は私に琴の指南を、と屋敷に参られたのだよ。そうだ敦盛、お前の笛を聴かせて差し上げたらどうだい?」

「そうか敦盛君は笛の名手でしたよね。ぜひ聴かせてほしいです」


話題を変えようと気を利かせた経正の提案に、は瞳を輝かせてながら頷く。

「え…わ、私の拙いもので良ければ…」












* * * *











邸内に響く笛の音に何時しかは瞳を閉じて聞き入っていた。
美しく、淋しさすら感じさせる純粋な音に、心の奥の琴線が揺さぶられるようで。



(あっ…)


朧気に揺らいで視えていた陰の姿、怨霊としての獣の姿が、敦盛が意識を集中しているせいだろうか…の眼に鮮明に視えた。
その姿を視ても恐怖は湧き上がらない。

ただ彼の魂は、純粋で透明で綺麗だと感じた。


「………」


瞳を閉じたままゆっくりと膝の上に置いた両手を胸に当てる。


それは無意識だった。


何故、その詩を唄ったのかは自分でもわからない。
ただ心優しい彼に、彼等に何かを伝えたかった。






Do not stand at my grave and weep

I am not there, I do not sleep

I am in a thousand winds that blow

I am the softly falling snow

I am the gentle showers of rain

I am the fields of ripening grain

I am in the morning hush

I am in the graceful rush

Of beautiful birds in circling flight

I am the starshine of the night

I am in the flowers that bloom

I am in a quiet room

I am the birds that sing

I am in each lovely thing

Do not stand at my grave and cry

I am not there I do not die.




※『千の風になって(A Thousand Winds)』より






紡ぎ出された歌声は、春の息吹きに満ちた庭園に響き渡り染み入っていって…
日差しだけでない温もりを兄弟に感じさせた。




「…っ」

経正が瞳を閉じて唄うに声をかけようとして、止める。
二人にとってみたら理解出来ない異国の歌。それでも言葉の意味は、想いは伝わる。

瞳を閉じ、胸に両手を当てて歌うの姿は祈りを捧げているようにも見えて。
不穏な空気が流れる平家において、おそらく彼女に救われる者は多いはず。


「貴女は…」

敦盛の手が止まり、気付かぬうちに流れていた頬を伝う涙を長い指でなぞる。




「……」

歌い終わり、ゆっくりと閉じた瞼を開けたの前には言葉を失い自分を見やる経正と敦盛の姿。


「すっすいません!あんまりにも綺麗な曲だったから、つい…敦盛君邪魔してごめんね」

眉を下げて慌てて敦盛に謝るも彼は頬を染めて固まったまま。


「いえ、こちらこそとても美しい歌声を聞かせていただきありがとうございます。殿の姿に敦盛は見惚れてしまっていたようですよ」

クスクス笑う経正の横で敦盛は兄の発言に瞬時に耳たぶまで真っ赤に染めた。

「あ…い、いや、とても綺麗な歌声だと思って…」

「私は君の方がずっと綺麗だと思うけどな」

「は?」

の言葉に経正は笑いを堪え、敦盛は目を丸くして何度か目を瞬かせる。



(本当に敦盛君ってかわいいよね)

戸惑う仕草は“女の子”そのもの。

その辺の女の子より女の子らしく見えるのだから、健全な男子の中には男色の嗜好が無くても彼に惹かれてしまう者もいるだろうに。
しかし、そんな輩も平家一門の血筋のため手を出せないでいて、一門の中で敦盛に恋い焦がれている者がいても男女問わず経正が蹴散らしているに違いない。

きっと現代で男子校にでも通ったなら男子にモテてしまって毎日大変なんだろうな。

なんて、とても真っ直ぐな瞳で自分を見つめてくる敦盛には口が裂けても言えないような余計な事を考えてしまった。


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