パタパタパタ…
「珍しいよほど慌てているのか…?」
渡殿を走る足音が聞こえ、平家一門の中でもおしとやかだと自負しているこの屋敷の女房が珍しく慌てているのか、と思った敦盛の目が大きく見開かれていく。
「敦盛君!」
息を乱しながら走ってやって来たのは…最近知り合った六波羅殿の屋敷に住まう姫君。
足を動かす度にはだけそうになる着物のあわせを押さえながら、華や蝶やらと称されている姫君は少々乱れた髪を直しながら笑みを浮かべる。
“麗しい姫君”の霰もない姿に、敦盛はポカンと口を開けたまま何も言えず。
さらに、姫君、の口から出た発言に耳を疑ってしまった。
「あのね、あのね私に狩衣を貸してほしいの」
「は?」
「狩衣を、借りたいの」
理解出来ないといった様子の敦盛に、二度ゆっくりと伝える。
「何を…」
彼女は何を言っているのか?
理解出来ないと困惑する敦盛をよそに“姫君”は自身の纏う着物を指で摘む。
「私には勿体無いくらい綺麗だけど…こんな格好じゃあ動けないものっ」
上質の絹で織られた美しい着物はとても肌触り良くて、着ていると自然と姫君の肩書き通りにおしとやかに振る舞えていた(気がする)。ただし、綺麗な着物を着せてもらえて嬉しかったのは始めだけ。三日も経てばその動きにくさと重さにほとほと困ってしまった。
「それで…私の狩衣でいったい何を始めるつもりなんだ?」
うーん、と唸った後、自分達の周りに誰も居ない事を確認すると人差し指を口元に当てる。
「…他の人には秘密にしてくれる?」
戸惑いながらも頷く敦盛を確認して、は満足そうに息を吐く。
人の性なのか秘密裏に行動したかった反面、実は誰かに言いたかったのだ。
「実はね…」
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「はぁ!?」
今度こそ素っ頓狂な声が上がる。
本当に彼女は何を言っているのか。
冗談だと思いたい。
その思いが敦盛の顔に出ていたのか、急には眉を寄せて真剣な表情になる。
「冗談では無くて私は本気なの。お願い敦盛君っ」
この“お願い”はある意味反則技。
狩衣の裾を掴みながらつぶらな瞳を潤ましながら頼まれてしまえば、いくらに衣を貸すことが自分に不利益しか無いとわかっていたとしても敦盛は了解するしか無かった。
「ありがとう敦盛君!」
(あぁ兄上や将臣殿に後で何と言われるのだろうか…)
華が綻んだようなの笑顔を見れた反面、兄達の引きつった笑みが敦盛の脳裏に浮かんで泣き出したいような、複雑な心境を噛み締めていた。