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「っ、お前、何言ってんだよ!?」

「将臣君、痛い…」


知らず力一杯細い肩を掴んでいた事に気付いて、将臣は慌てて手を離した。




「…姫君が太刀を握ると言うのか」

いつの間にか側に来ていた知盛の声にの体がピクリと揺れる。


「クッなかなか面白い事をおっしゃる」

「知盛様は戯れ言だとお思いですか?」

真っ直ぐに知盛を見るの表情は真剣そのもので。二人の間に入ろうとした将臣は言葉をのんだ。


「…確かにな。そこまでおっしゃるならば…」

一呼吸ほどの僅かな沈黙の後、知盛から今まで浮かべていた皮肉気な笑みが消え、細められる目元。


「お手合わせしてもらえますかな」

「ええ、お願いします」

丁寧にお辞儀をするの動きで、将臣は我に返ると慌てて彼女の手首を掴んで止める。

「待てよ!」

「私も、戦えるから」

迷いもなく言い放った言葉。瞳に宿る光は今まで彼女中で見たことの無い鋭い色をしていて。
思わず緩んだ将臣の手をやんわりふりほどくと、は静かに知盛の前に立った。




(初めて対峙した時から彼は変わらない)

ゆっくりと優雅ささえ感じる動作で木刀を構える様は、初めて稽古をつけてもらった日と何も変わらない。
異なる点は、時間軸の違い。彼と将臣が自分に戦い方を教えてくれたという事を知らないだけ。
あの時間の彼とは違う。
当然な筈なのに、今は少しだけ悲しくもある。
でも、自分はあの日の自分では無い。


「…いい眼をしているな」


どんな眼をして知盛を見詰めているのかはわからない。ただ彼の剣気を真正面から受けて木刀を構えているだけ。

の存在に騒いでいた兵達は、いつの間にか静まり返っていた。

「…っ、」

気を抜けば圧倒されそうになる。
これでも手加減されているのは理解できた。平知盛という男は、戦場ではもっと鋭い刃になることも知っているから。


「ほぅ…大した女だ」

クツリと笑う姿は、無邪気な珍しい玩具を見つけた幼子に見えた。


(知ってる?私は貴方に教えられたの)


知盛の手が動くと同時に地を蹴る。


(私の剣を知って、貴方の中に刻みつけて)


ガキィン…

よほど屈強な筋肉の持ち主でなければ女は男相手に力では勝てない。
木刀がぶつかり合う寸前に手首を返し、刃先を横にして受け流す。

驚きと悦に知盛の口元が歪む。
受け流した勢いで放った真横からの一撃。

ガァン!

それより速く、知盛は木刀を持ち替えないまま峰打ちに切り返す。

「くっ…」

腕から指先が痺れて木刀を取り落としそうになるが、切り落としの斬撃を後ろに跳び間合いを空けて何とかやり過ごす。


「ククッ姫君、なかなか愉しませてくれるな」


木刀を打ち付け合うたびに、体力は確実に削られていく。
久しぶりに動きのためか足元がふらつく。
流れ落ちる汗が額に髪を貼り付かせ、手のひらを滑らす。
男の太腕が振るうために作られた木刀の重さにの腕がそろそろ限界を訴え始める。
動きは緩慢になったとしても、それでも足は止まる事はない。


(…だって、彼が、知盛が見ていてくれるから。私の存在を感じてくれているから!)




…お前一体何者何だよ?」

打ち合う毎にの体力が消耗してきているのは一目瞭然なのに、その場に居る兵達と同じく二人を止めることも出来ずに将臣は動けずにいた。
…時折、が自分とは違う目で知盛を見ている事は気付いていた。
恋焦がれているかの様に切なそうに。
今の彼女を見ると“違い”を改めて見せ付けられた気がして、息をするのが苦しくなる。


初めて見た姿は、絹の着物を見に纏い中身はどうでも、貴族の姫と言われても遜色しない外見をした女だった。
だが今、目の前に居るこの女は獣。
美しく着飾ることも媚びることもせずに、汗にまみれて真っ直ぐに向かってくる女は想像以上に…


「…いい女だ。だが、」

柄を握る手に力を込めてやれば簡単に揺らぐ華奢な身体。
苦痛を堪えて眉間に皺を寄せる表情も嗜虐心を揺らがせる。
もっと苛めてやりたい気もするが、

「そろそろ限界のようだな?」

左右から揺さぶるような斬撃に翻弄されての息が上がる。
「負けたくない」という気力だけで何とか知盛の動きについて行っていたが、ついに足がもつれてしまいバランスを崩してしまった。


「あっ!」


知盛からの重い一撃を受けた時、受け止めきれずにが体勢を崩す。

(負ける!)

見守る誰もが息をのみ、襲い掛かるだろう痛みと衝撃には尻餅を突くと同時にぎゅっと瞼を閉じた。





カラァン…


弾き飛ばされ地に転がるのは知盛が手にしていたはずの木刀。


「えっ…」

当の本人も直ぐには何が起こったのかは理解出来ずにいるのに対して、知盛だけは事態を察し軽く舌打ちをした。




「そこまでです」

側で聞こえたのは静かな、それでいて耳に馴染む知盛に似ている声。
驚いてポカンと見やれば、と知盛との間に割って入ったのは木刀を片手に立つ銀髪の公達。


「失礼致します。お怪我は御座いませんか?」

「…重衡様」

驚きと全身の疲労感から動けないでいるの手を取りゆっくりと立ち上がらせると、重衡は知盛を睨み付けた。

「兄上、相手は女性ですよ」

「クッ相変わらずお優しい事だ」

足に力が入らないため立っていられずに揺らぐ身体。とっさに重衡の腕を掴んでしまった。





!」

駆け寄ってくる将臣の声にびくりと肩を揺らすに、重衡は笑みを向ける。

「今暫くの間、姫君のお声を聞いていたいのですが…火急の用がありますゆえ、御前を失礼致します」

名残惜しそうに一礼し、知盛の方へ向く重衡の顔から笑みは消えていた。



「兄上」




(あ、妖しい…)

将臣から説教じみたお小言を言われているが、そんなのは全く耳に入らない。
だって双子みたいに似ている兄弟は互いに顔を近付けて何やら話をしているのだから。
そうじゃないとわかっていても、妖しい雰囲気に二人がデキているのか、と疑いたくなった。

勝手な想像をされているとは露も知らず、重衡から耳打ちされ知盛はクツリ、と喉を鳴らす。
の視線に気付くと口角を吊りあげた。


「どうやら…戦になりそうだ」


「戦が…始まる…」

ついに来た、という感情は無い。すでに覚悟をしていたから。
ただ、鋭い知盛の眼差しに心が萎えそうになるから、きつく拳を握り締めた。


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