まだ夜も明けきっていない薄暗い室内から荒い息づかいが邸内に漏れる。
もう少し明け方の時間になれば、朝餉の支度に起床した女房達が何事かと覗き見るだろうが、幸いにもまだ彼女達は就寝していた。
「んっ」
苦しそうに喘ぎながら息を吐くの額には、うっすらと汗が浮かぶ。
その汗のせいで、長い黒髪が整った顔に張り付いているのが彼女をよけいに艶めいて見せる。
紅潮した頬をひくつかせながら涙で潤んだ瞳で見上げてくる彼女に、知盛は口角を吊り上げた。
「くぅ、あっ…」
「クッ姫君、なかなかいい声を出すじゃないか」
反論したくても自分がどんな声を発してどんな顔をしているのか、そんな事を気にする余裕は全くない。
睨み付けても知盛のサド心をくすぐるだけだろうから反論する代わりに彼の着物の裾を握り締めてやった。
「も、少し、優しくして…」
「無理だな」
無情に言い放つ知盛は淡々と作業を進める。
思いの外慣れた手つきで、彼は口ほど乱暴な扱いはしない。
むしろ丁寧だと思うがそれでも、
「い、いたぁ」
「姫君が大事にしたくないから薬師を呼ばない、とおっしゃったのだろう」
「っ、お心遣いありがとうございます…」
自業自得とはいえ知盛から受けた傷口は深く、ぱっくり開いて出血も止まってくれないため針と糸で縫合する必要があった。
しかし薬師を呼ぶなどしたら大騒ぎになってしまう。
そのため、仕方なく知盛に処置をお願いしたのだ。
「夜が明け次第、俺の馴染みの薬師を呼んでやるそれまで我慢しろ」
縫合が終わり、するすると腕に包帯が巻かれていく。
痛みで麻痺している腕は赤く腫れているから熱が出るかもしれない。
痛みのためにか、頭が朦朧とするからもうすでに熱が出ているのかも。
「あの、知盛様…」
だからこんなどうでもいい事が気になってしまうのだろう。
「私の名前は…姫君、じゃないから…私の名前、覚えてください」
つい今まで痛い痛いと泣いていた女の突然の発言に、知盛は思わず目を丸くした。
「クッ…姫君のお名前ね」
クックッと笑いながら手を伸ばすと彼女の細い肩を引き寄せた。
まだ火照って熱い頬に指を添え、内緒話をするように耳元に唇を近づける。
「……」
囁きと共に耳から流れ込まれた甘い吐息によって一気に顔に熱が集まる。
さらに赤面して俯く私に知盛は「本当に面白い女だな」と笑う。
(この顔、可愛いな)
いつもみたいに作った笑みではない、素の笑みを浮かべた彼が可愛く感じるなんて…
どうやら私はそうとうな深みにはまってしまったようだ。