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室内に居る全員の視線がに集中する。


「何故、何故そなたが此処に来るのだ」

!知盛に連れて来られたのかよ?」

信じらんない、とばかりに将臣と宗盛が同時に声を上げた。
そのままの勢いで知盛を押しのけて将臣はに詰め寄る。


「ちがうの。私が知盛様に頼んだの」

「兄上に…?何故ですか?」

どこか悔しそうに問い、自分を見る重衡に知盛は口の端を上げる。


「私も、戦に出たいから」

「「は!?」」

ゆっくりと、しかしはっきりと告げれば男達が一気にざわめき出す。


「何考えてんだよっ!?」

「何をおっしゃいますか!」

「女人の身で何を言うのだ!」

殿…」

鍛錬所で知盛と打ち合った現場に居たのは将臣と重衡だけ。
二人以外のほとんどの者がは聡明だが非力な姫君だと思っていた。
そのため先ほどの“姫君”からの発言に皆、困惑の眼差しを向ける。


「無理を言っていることはわかっております」

時代背景と周りの困惑した視線から、女の身でこんな事を言い出すなんて気が狂ったかと思われるかもしれない。
でも、何を言われようと負けはしない。

だって…


「今度の戦は一門にとって重要な戦となる事、一門の行く末に関わるだろう事もわかっています。そのような戦の時に、安全な屋敷内で護られているのではなく、私も一門の皆と共に戦いたいのです。…足手まといになるつもりはありません。自分の身は自分で守ります。私も、戦えますから」


一気にそう言い放てば、緊張から酸欠になりかけて目眩がする。
ふらつきそうになるの肩に知盛の大きな手のひらが置かれた。

「クッ、姫君の力は俺が保証する。心配しなくても…源氏の将に遅れを取ることはしないさ」

「しかし!」

「だがよ…」

将臣が言いかけた時、は全身の毛穴が粟立つのを感じてビクリと大きく肩を揺らした。


「あ、」

?」

肩に手を置いていた知盛に名を呼ばれるが応えることはできなかった。
何故なら、明らかにヒトとは異なる気配を察知してしまったから。








「良いではないか!」


まだ幼さが残る、しかし何人も逆らい難い威厳を感じさせる声が室内に響いた。
途端、ぐにゃりと宗盛の背後の空間が渦を巻いて歪んだ。



「なかなか面白い事になっているようだな」

渦の中心から現れ、ふわりと室内に降り立ったのは金の刺繍が装飾された豪奢な衣装を纏い、頭には冠を被り蝶の羽を背負った11〜12歳の見目麗しい少年。
平家一門で最も有名な、かつて朝廷以上の権力を手にした支配者。
幾度となく存在は感じていたが、前回の時空では出会うことは無かった相手。


(平、清盛…!)


「我が一門のために剣を持つなど、女人とはいえ大した心意気ではないか。…それに、なかなか良い眼を持っているようだな」

の全身を上から下まで眺めると、清盛は猫のように眼を細める。

「娘、視えているのだろう?我の真実の姿が。我が恐ろしくないのか?」

可愛らしささえ感じさせる微笑。
しかし、少年の姿と二重に重なって視える姿は、二周りも歳を重ねた老人の怨霊…修羅だった。
清盛から放たれる陰気に腕の傷がさらに熱を持ち痛む。
肩に置かれままの知盛の手のひらの温もりが無ければ、自分が闇に突き落とされたような錯覚に陥りそうだ。


「確かに、私には清盛様の真のお姿は視えております。しかし、どの様なお姿になろうとも清盛様は清盛様です。畏敬の念を抱いても、恐怖はありません」

視線を逸らさずには真っ直ぐに清盛を見る。
どんな相手だろうと、ここまで来たら後には退かない。


「くくっ…」

誰一人言葉を発することが出来ないでいた緊張感を打ち破ったのは、清盛の笑い声だった。


「くくくっ!確かに肝が据わっているようだ!娘、気に入ったぞ」

「ありがとうございます」


未だに笑い続ける清盛に、は安堵から笑顔が漏れる。
そっと肩越しに振り返り知盛に微笑みを向けると、は深く頭を垂れた。











* * * *











自室に居た時は、まだ太陽は真上に上がる前だったというのに、今や地平線の向こうに沈みかけて夕暮れが訪れようとしていた。




「いいのかよ?」

部屋まで送る、と言ってから無言で先を歩いていた将臣が振り向く。
以前の時空で思い悩んでいた時の表情で、眉間に皺を寄せている将臣にちくり、と胸が痛んだ。

「戦に出る事?…後悔はしていない。自分で決めた事だもん。それに将臣君も出るつもりなんでしょ?」

「だけど、お前…」

「倶利伽羅峠の戦い…将臣君も結果は知っているでしょ?この戦は平家の運命が決まる戦い。私は…皆を助けたい、平家の運命を変えたいと思っているの。たとえ人の命を奪っても、自分が傷ついても。だから後悔はしない」

、お前…」

迷いの無い瞳で言い切るに、将臣は息をのむ。
それと同時に、彼女の覚悟と自分では止められない事を悟った。



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