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閑話

今日は朝からポカポカと暖かく、雲一つ無い快晴の天気。
部屋の隅に置かれた座卓に突っ伏して、心地良い眠りにまどろんでいたの耳に微かに何かが聞こえた気がして、ゆっくりと頭を起こした。


「な、に…?」

無視してもよかったのだが、規則的に聞こる楽しげな“鼻唄”に首を傾げながら、は重い体を起こして声の主がいるであろう庭へ向かった。



「あれは…」

濡れ縁に出たは、庭に居た人物を確認して込み上げてきた笑みを堪える。

「ふんふんふ〜ん♪」

パンッ

武人とは思えない長い指が器用に物干しに洗濯物を干す。
庭に出て鼻唄混じりに洗濯物を干しているのは、この屋敷の主…

「景時さん?」

「おわっ!?」

ゴンッ

ガタンッガタガタ

声をかけた瞬間、盛大によろけ物干し竿に頭をぶつける景時。

「あぶないっ!」

裸足のまま庭へかけ下りてて竿を支えたため、何とかずっこけた景時の頭上への落下は免れた。


「だ、大丈夫ですか!?」

「いてててて…」

景時は松葉色の逆立てた髪を掻きながら体を起こした。

「あぁっ!ご、ごめんね〜!!」

が物干し竿を両手で抱えている事に気が付き、慌てながら景時は物干し竿を持つと立て直した。

「ふぅ…ありがとうちゃん。カッコ悪いとこを見せちゃったね」

「いえいえ。いい天気だから私も洗濯日和だなって思っていたところですから」

景時の横に置かれた竹で編まれた籠を見ると、その中にはまだ大量の洗濯物が残されている。

「景時さん、お手伝いさせてもらえませんか?」




桜の花が咲きほこる庭に楽しげな笑い声が響く。

パンッ

其所にはと景時、二人並んで洗濯物の皺を伸ばしながら干す姿があった。

「男のくせに洗濯好きなんてさ、おかしいでしょ?」

「いいえ?私はむしろ大歓迎ですよ。自分の旦那様が家事を手伝ってくれたら本当に助かりますしね」

の言葉に景時は照れながら頬をポリポリ掻く。

「だ、旦那様って……汚れた服が真っ白になるとさ、気分が晴れて気持ちいいんだよね〜」

「悶々としていた自分がちっぽけだった事に気付く、というかさ…」

干した洗濯物を見ながら言う景時の横顔はどこか苦しそうで…はゲーム中での彼の苦悩を思い出した。
目の前に居る彼も、同様に苦しんでいるのだろうか…?


「景時さん…この澄んだ空のように…真っ白い洗濯物みたく、わだかまり…悲しみ…争いも…全ての事がスッキリ晴らせたらいいのにね…」

ちゃん…?君は…」

何時も微笑んでいる印象がある彼女が初めて見せる、憂いを帯た表情に景時の中に戸惑いが生じた。
だが凝視されていることに気が付くと、はペロッ と舌を出して何時もの彼女の顔に戻る。


「何て、ね。さっ全部干してしまいましょう」

そう言いながら、手にした洗濯物を物干し竿にかけた時―


ごぅ…

ばさっ

「わっ」

春特有の強い風が吹き、たった今干した洗濯物がの顔に覆い被さった。
驚いた拍子に足元がもつれ、よろけて…

ちゃん!」

バランスを崩したの体に景時が腕を回し、抱き止める格好で支えたため転倒はせずにすんだ。

「あぁびっくりした…ありがとうございます。……景時さん?」

「…っつ」

がゆっくり顔を上げると、景時は初めて至近距離で見た彼女の素顔に思わず息を呑む。
ずれた眼鏡の端から覗く、コハク色の瞳は強い意思を持ちしっかり自分を捉え、
紅を差していないのに紅く色付く唇はまるで口付けを誘っているように思えた。
何より、腕に抱いた彼女の体は思った以上に華奢で柔らかくて…
体の中心にゾクリとする感覚が走った。


「…ぁ…」

の方は、こちらはこちらでジッと凝視される恥ずかしさで、つい景時を異性として意識してしまっていた。

(あらためて見ると、整った顔してるよな…睫毛長いし…)

普段はヘソが見えていてもそんなに気にはならないのに、密着しているせいか…心臓の鼓動が早くなる。
筋肉が薄付きながら付き、広くてガッチリとした胸板…

(男の人、なんだよね)

そう思うと徐々に顔が熱を持っていくのがわかった。


「景時さん…あの…」

ハッ と我に還り、慌ててから離れる。

「あ…っつ、いや、ごめんね」

「いえっこちらこそ…」

気恥ずかしさからか赤い顔で謝り合う二人。


「「ぷっ…」」

それが何だかおかしくなってお互い顔を見合わせて笑ってしまった。

一頻り笑った後、気をとりなおして洗濯物干しを再開した。


「…俺が洗濯していたって事は秘密にしてね」

「ふふ、わかってますよ?源氏の戦奉行の沽券に関わりますからね」

は首を傾けながらクスリと悪戯っぽく笑う。



さーんどこ?」

「あ、望美ちゃん」

屋敷の奥から自分を呼ぶ声が聞こえ、は振り返った。

「後は俺がやっておくから、ちゃん行ってきなよ」

どうしようかと景時を見上げるが、望美が自分を呼ぶ声はまだ続いている。

「それじゃ景時さんまた後で…」

そう言い軽く頭を下げ、小走りには屋敷に戻って行った。



その姿が屋敷の奥に消えた後、残された景時は溜め息を吐いて空を仰いだ。

「はぁ…参ったなぁ…」

年甲斐も無く…胸を高鳴らせてしまうなんて…
先ほど彼女を抱えた感触はまだ自分の腕に生々しく残っている。

景時が見上げた空は何処までも青く澄んでいた―…



(おわり)