―ある日、白馬に乗った王子様がやってきました―
おとぎ話のような展開は自分とは無縁だとずっと思っていた。
この時までは。
この日も何時もと同じく、天敵である古参の女房からガミガミとお説教をされていたのだが…
「えぇっ!?」
「どうしてこちらに!?」
いつもに増して説教をされ、しょんぼりうなだれるを心配しながら、襖の陰から様子を見ていた若い女房達が急に色めき立つ。
「皆何ですかはしたな…」
言いかけて、驚きの表情を浮かべた古参の女房に、ついに頭の血管がキレてしまったのか、と失礼な事を思っていると、の後ろでくすりと誰かが笑った。
「ふふ…相変わらずみたいですね。、貴女を御迎えに来ました」
聞いたことのある声に振り向くと、其所には銀髪の知盛に似た美形な公達が立っていた。
古参の女房も先程までの勢いはどこへやら、突然の公達の出現に唖然としている。
外見は知盛に似ているが、よく見れば彼は知盛ではない。
彼はきちんと身だしなみを整えているし、何より醸し出す雰囲気が違う。
知盛が黒馬に乗った王子様なら目の前にいるのは白馬に乗った王子様。
うーん、と天井を見ながら考えてがこんな美形は知らない。
失礼だと思いながらも、は王子に間の抜けた問いを返した。
「あの、お迎えって何ですか?」
「約束したでしょう?桜を見に貴女を神泉苑に連れて行くと」
「桜?桜…桜…」
王子様の言っている意味がわからずに、口の中でもごもご呟きながら首を傾げながら考える。
そんなはまるっきり小動物のようで、重衡の口元には自然と笑みが浮かんでいた。
「あー!もしかしてあの時の?!」
つい最近、女房に追いかけられている時に桜が見たいって知盛にお願いしたような…?
まさか、この前派手にぶつかった相手…それはこの王子様?
「じゃあ、私がぶつかったのは知盛さんでは無くて…」
「はい。弟の重衡と申します」
重衡と名乗った白馬の王子様は、そう言いながら実に優雅に微笑んだ。
* * * *
「うわぁ〜綺麗…」
はらはらと雪のように舞い散る桜の花びら。
朱塗りの建物が桜色に染まり、池には桜の花びらが降り注ぎ水面はまるで桜の絨毯だった。
桜の花びらの中で両手を広げながら無邪気にはしゃぐの姿に、重衡は眼を細める。
「満足して頂けましたか?」
「はい、とっても!ありがとうございます」
にっこりと満面の笑みで答えるが、眼鏡に付いた花びらを取ろうとして…ふとの顔が曇る。
「…どうかしました?」
「いえっ大した事じゃないんですが、通っていた学校の桜並木を思い出ししちゃって…みんなの事を考えたら…」
きっと高校の正門へと続く桜並木は満開に咲き誇り、花びらのシャワーを降らせているだろう。
昨年は友達とスキップしながら歩いたのに、今は…一体自分はこれからどうなってしまうのだろうか。
急に吹き出した冷たい風に自分が置かれている現状が怖くなってきて、の身体が小刻みに震えだす。
重衡は俯くの肩に手を置いてそっと引き寄せると、壊れ物を扱うように抱き締めた。
「し、重衡さん?」
突然の事に顔を赤くして離れようとするの髪を、重衡は優しく撫でながら微笑む。
「悲しいのならば好きなだけ泣きなさい。憂いた顔は、あなたには似合いませんから…」
真っ赤に染まった耳元で囁くように言えば、緊張のあまり硬直する少女が可愛らしく感じて、重衡はを抱きしめる腕に力を込めた。