酒は飲んでも飲まれるな

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思わず口から洩れるのは深いため息ばかり。

(はぁ、断れば良かったかなぁ…)

手元の携帯を見ると、すでに深夜に近い時間。
何時もならゆっくりとお風呂に浸かっている頃だろうか。
だが周りにいる学生達は疲れるどころか、夜が更けるにつれてテンションが上がっていくらしい。
笑い声、怒声、奇声等が入り乱れ、酔いが回りすぎて真っ赤な顔をした男子学生数人は服を脱ぎ出す始末。
すでにの周囲は収拾のつかない事になっている。


友人達に誘われて花見という名の合コンに参加していたのだが、アルコールが苦手な体質のためか学生達の馬鹿騒ぎに馴染めずにいた。


「こんなに騒いで警察に通報されないかなぁ…」

警察に通報されてしまったら大学にも知れて怒られるだろうし、もし両親に知られたら大目玉だ。
騒ぎの輪から少し離れたレジャーシートに座るの口からは思わず溜め息が出てしまう。



会場となった川沿いの公園には数十本もの桜が植えられていて、ハラハラと舞い落ちる花びらと月夜に浮かぶ淡いピンク色の桜はとても幻想的だったが…
周りで馬鹿騒ぎしていたらこれでは風情も台無しだ。



(そういえば昔、とても綺麗な桜を見たっけ…)


あの場所は何て所だったのだろうか。
目が覚めてからその場所が現代でも有名な場所だと知ったのに、慌ただしい現実の中でいつの間にか忘れてしまっていた。
一緒に桜を見てくれたのは、「桜を見たい」というワガママを聞いて屋敷から連れ出してくれた優しい笑みを浮かべる銀髪の男性。

銀髪―…
あの時、一緒に桜を見る約束をしたのは…


(知盛さん…)



ズキン…



彼の名前を呟くと胸がズキズキと小さく痛んだ。




「ねぇちゃん、一人で寂しいでしょ?一緒に飲もうよぉ〜」


立てた両膝にあごを乗せて物思いに耽っていると、不意に後ろから肩を叩かれる。
危うく「ひっ」と喉元まで悲鳴が出そうになった。


「あ、びっくりした…」

振り返った先に居たのは、同じゼミを受けている顔見知りの男子学生。
相当飲んでいるらしく呂律が回らない様子で、吐く息からは酒の匂いがぷんぷんしていて反射的に眉間を寄せてしまう。


「ごめんなさい、あたしお酒飲めないからいいよ。今は一人で桜を見ていたいし」

暗に「あっちへ行け」と言っているのに彼は気付かない。
何度も愛想笑いをしてやんわり断るが、酒が入った勢いもあり男子学生はしつこかった。

「いつも誘ってるのに冷たいよね〜たまには付き合ってよ〜」

の手を掴むと強引に連れていこうとする。
手のひらはジットリと湿り気を帯びて、酒臭い息が頬にかかり…嫌悪感に顔をしかめてしまった。


「ちょっやだっ離して…きゃあっ」


男子学生から逃れようと掴まれた手を引いた際、の足がもつれて二人はバランスを崩して転倒してしまった。





ぱきんっ




金属が割れる嫌な音が聞こえ、慌てて男子学生を力ずくで転がして足を退けさせると…


「イテテテ…」

「ああっ!!」


髪から外れた髪飾りがグニャリと曲がり、小さなな金属の桜が二つに折れてしまっていたのだ。


「そんな…」

何が起きたのか理解をすると、の目には涙が込み上げてきてあっという間に視界がぼやける。
自分はずっと温厚な性格だと思っていた。
しかし沸き上がってきたのは、悲しみとも怒りともとれる感情。


「ごめんってさ。代わりに今度何かご馳走するからさー」

「はなしてっ!!」

今度は無遠慮にも腕を絡めてくる男子学生を睨み付ける。



「そんなのぐらいいいじゃんっぐぼぁっ!?」

なおも絡んでくる男の股間を力任せに蹴り飛ばしてやると、男はうめき声すら上げずに股間を押さえて昏倒した。


「さいてぇ…」

このぐちゃぐちゃになった感情をどうしたら良いのかわからない。
折れた髪飾りを拾うと、は全速力でその場から走り出してしまった。



「ちょっと!?」


遠くで友人達が自分を呼ぶ声が聞こえたが、頭の中が真白になっていたは立ち止まることはなかった。



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