ドタドタ バタンッ!!
一人暮らしのアパートの玄関ドアを乱暴に閉め、履いていたパンプスを脱ぎ捨てる。
眼鏡をテーブルの上に置くと、は化粧も落とさないまま電気も付けずにベットへ倒れ込んだ。
(壊れてしまった…知盛さんがくれた髪飾りが……)
きつく握り締めた手を開くと、掌の中には真っ二つに折れてしまった桜の髪飾り。
それはにとって父親や兄弟、小学校のクラスでのお楽しみ会のプレゼント交換以外で初めて男の人から貰ったプレゼントだった。
「これ…?」
「この間の詫びだ。お前に、やる」
あの屋敷で過ごした日々は…あまりにも非現実すぎて、何度も夢だったのでは無いかと思った。
うるさい女房さんに毎日怒られて追い掛けっこして、重衡さんに優しくしてもらって…
そして、知盛にはいろいろとからかわれたりしたけれど、何だかんだ言って楽しかったと思う。
彼の笑顔を見たくて、大きな手で頭を撫でられると嬉しかった。
あの時より少しだけ大人になった今ならわかる。
(きっと、私は彼に…恋してた。 だけど、もう…)
ゆっくりと折れてしまった髪飾りに視線を戻す。
あの時、あの場所に自分が存在していたという事実を証明する唯一の品。
彼と自分を繋ぐものを失ってしまった気がして、強くシーツを握り締めた。
きつく結んだ唇が震えて喉の奥から嗚咽が漏れる。
(おかしいな、私はこんなに泣き虫じゃないはずなのに)
心臓がバクバクと脈打ち、呼吸をするのが苦しくなる。
(会いたいよぉ…知盛さんっ)
そう思うと、ぽろぽろと瞳から涙が溢れ出てくる。
は髪飾りを握り締めながら瞳を閉じた。
ブーン…ブーン…
玄関の隅に放られたままになっている、バックに入れたままの携帯電話が幾度も振動して着信を知らせるが、が出ることは無かった。
* * * *
(ここは…どこ?)
ゆらゆら揺らぐ視界に最初に見えたのは、明るい月明かりに照らされた日本庭園。
自分は家に居たはずなのに夢を見ているのか?
着ている服は寝る前に着ていた服のまま。
まさかと思い、握り締めたままの手のひらを開けば…
ちりん…
真っ二つに折れてしまった桜の髪飾りが在った。
「どうして…」
何度も目を瞬かせて指でゴシゴシこするが、目の前に広がる光景はそのままで、夢は一向に覚めることは無い。
「…泣いていたのか?」
「え…?」
すぐ真上で、低音の男性の声がした。
心地良く響く声はどこかで聞いたことがある声で「何処で聞いたんだっけかな?」とはぼんやりと霞がかかった頭で思った。
頭を動かして自分の真上に視線を動かすと、板敷きの床に置かれた徳利と逞しい男性の腕が見えて―…
は自分が板敷きの床に寝転がり、若い男が側に座っている事にようやく気が付いた。
若い男の側で無防備に寝顔を晒していたなんて、うわぁ何て事だ。
慌てて顔を上げると一気に意識が浮上していく。
そして大きく見開かれる。
「クッ…お前は変わらない、な」
だって、自分のすぐ側に居たのは・・・
皮肉気を込めた笑い方も相変わらず、女の自分が羨ましく思うくらい綺麗な顔も、低音の声も記憶に残るものと変わらない彼だったから。