夢をみているのだと思った。
しかし、頬にあたる夜風は冷たい。
鼻腔をくすぐるのは懐かしい“彼”の纏う香の香り。
「…ど、うして…?」
「どうして、か。 お前が再び俺の処へ来たのであろう・・・?」
すぐ目の前に居るのは、ずっと声を聞きたくて、ずっと会いたかった人。
「…とも、もりさん?」
確認するように紡がれた言葉は掠れていて、パチクリと瞼を瞬かせる。
何度か瞬いていると、大粒の涙がポロポロ溢れてきた。
手を伸ばせば長い指先に絡め取られる。
「あはぁ・・・知盛さんだぁ」
どうして此処にとか、会えて嬉しいとか、そんなことを考える余裕など無かった。
ただ彼の存在を確かめるようにその広い胸に抱きつき、何度も何度も彼の名を呼んだ。
「クッ相変わらずお前は、甘えたがりだな」
クツクツ笑いながらも優しく頭を撫でられて…それだけで、じんわりと胸の奥が暖かくなっていくのを感じた。
「俺に焦がれていたのか?」
耳元で低く甘く囁かれる言葉と、自分の背中に置かれた知盛の掌の温もりが身体に染み渡っていく。
以前の自分は分からなかった感情。
でも今なら素直に言える。
「うん…ずっと、ずっと逢いたかったよ…」
「クッ…全く、可愛いことを言ってくれるじゃないか」
「だが、俺も…」
「えっ?」
顔を上げると視界には銀色と紫紺色が広がる。
唇に微かに感じたのは柔らかい感触と温もりで。
状況を確認すると、知盛の整った顔が至近距離にあり、今唇に感じたものは・・・そこまで考えて、は瞬時に耳まで真っ赤に染まる。
自分が今とんでもない恥ずかしい状態になっていることに気付き、慌てて彼から離れようとするが肩と腰に回された力強い腕がそれを許さない。
腕の中でじたばたともがくに知盛は口の端を吊り上げた。
「と、知盛さん離して…」
「断る。離したらお前はまた消えてしまうのだろう?」
「そんな事は…」
ぴぴぴぴぴぴ・・・・・・
ない、そう続けようとするがの言葉にかぶるように突然、電子音鳴り響く。
「目覚ましのアラーム?」
それを合図にしてまるで夢から覚めていくように、の視界が歪み出す。
驚いた表情で何かを言っている知盛の姿すらも歪んでいく。
(嫌!やっと貴方に逢えたのに。まだ、覚めたくないのに…)
そう思いつつも、瞼の重さに堪えきれずは瞳を閉じていく。
「知盛さん…また、ね」
消え行く意識を振り絞って、知盛に届くようにと紡いだ言葉。同時に涙がポロリと零れ落ちた。
* * * *
「全く、唐突な女だな…」
突然現れ、消える。
数年前が消えた時、知盛は彼女を探そうとはしなかった。
重衡はそれなりに探したようだが、知盛にはある確信があった。
おそらくは元居た場所に還ったのだと。
ならば探す必要など無い。
あの娘と自分との縁がまだ繋がっているならば…再び合間見えるだろう。そう、自分を納得させていたのだ。
「“また”か…」
ゆっくりと両腕を開く。
先程起こった事は夢や幻では無かったという証拠に、腕には抱いていた彼女の余韻がまだ残っていた。
「有川、何か用か?」
近付いてくる足音に視線だけ動かすと、予想通り蒼髪をした青年がやって来るのが見えた。
「あれ?お前だけか?」
青年、有川将臣は不思議そうにきょろきょろと辺りを見回す。
「女の声が聞こえたから、てっきり女を連れ込んだのかと思ったぜ」
「クッいたさ、お前が来る少し前まで、な。月に還ってしまったが…」
「はぁ?お前何言ってんだ?」
首を傾げて訝しい気な視線を送る将臣を無視し、知盛は月に視線を移すと紫紺の双眸を細めた。