ポリポリと音をたてては用意された唐菓子を頬張る。
いつ現れるかわからない自分のために、知盛は菓子を用意して待っていてくれたというから、最初は本当に驚いた。
甘いものは好まない彼が自分のために菓子を用意してくれている。
特別扱いされている、という思いだけでの心は歓喜で満たされていく。
それ以上は望んじゃいけない。
心のどこかではそうブレーキをかけていた。
しかし…知盛という男は、困ったことに何度もの心に揺さぶりをかけるのだ。
「―でね、今就活セミナーってのに参加していてね…」
この日は、大学の大講堂で合同就活セミナーを受けていている時、知盛の屋敷へと跳ばされたのだ。
どんな内容の話だったのかを、身振り手振りを付けて説明する。
相槌をしながら聞いていた知盛がふと、顔を上げた。
「就活…とは何だ?」
「就職活動。あと一年ちょいで大学を卒業した後、社会人になってから働く為に雇い主に自分を売り込まなきゃならないんです。う〜面倒だなぁ」
でも働かなければ親の脛かじりになるし、面倒だけど就活はしなきゃならないよなぁ…と珍しくは腕組みをしながら唸る。
「ならば…此所に居るか?」
「えっ!?」
此所に居るって事は…彼は軽い気持で言ったのだろうが、つい、言葉の意味をつい深読みをしてしまう。
(もしかして永久就職をしろってことかなぁ。それって…まさか…)
想像してみて、バフッと耳まで真っ赤になってしまった。
隣に座っている知盛を見ると、口の端を吊り上げて愉しそうに意地悪な笑みを湛えている。
「か、からかわないでくださいっ!」
動揺するはクックッ笑う知盛の肩を赤い顔をしながら、照れ隠しにポカポカ叩く。
知盛はの手首を掴むと、笑みを浮かべたまま彼女をじっと見下ろした。
「クッ、冗談では無いと言ったらどうする?」
「ふぇっ」
顔を真っ赤に染めたまま固まるから視線を逸らさぬまま、知盛は掴んでいたの手のひらに唇が押し当てると、唇で軽く甘噛みをする。
「っ〜〜!?」
その行為には声にならない悲鳴を上げながら、全身が火を噴きそうな程真っ赤に染まってしまった。
手を引っ込めたくとも
さらにどうしていいか分からなくなる。
「…ずっと此処に居ろ、と言ったらお前はどうする?」
紫紺色の瞳が真っ直ぐに見詰める。
強い眼差しから目を反らすことも出来ずに、頭の中では彼の発した言葉がこだましていた。
「え、その、居れるなら…てっ…」
『一緒に居たい』その一言を言うだけなのに。
混乱してワケのわからない言葉を口走ってしまいそうになって、慌てては知盛から身を引く。
「も、もう帰ります〜!!」
すくっと立ち上がると、は濡れ縁から庭へ飛び降りて脱兎の如く逃げ出してしまった。
真っ赤に火照った顔を自覚しながら…。