茹だるような蒸し暑い夏。
ニュースでは過去50年間で一番の猛暑だとしきりに言っている。
自宅で課題のレポートを書いていたは、冷房の効いた室内で転寝をしてしまったらしく、気がついたら珍しく知盛が近くに居る屋内では無く外に跳ばされた。
(ここは…神社?)
何時もは屋内ですぐに知盛に会えるから、不安な気持ちで辺りを見回しながら歩く。
見知らぬ場所。
朱塗りの柱と白壁の美しい建物を横目に、の表情は緊張で強張る。
知盛が居ないだけで迷子の幼子のようなこんなに不安な気持ちになるなんて、自分は大人のなのにどうしたことか。
歩いているうちに、建物の日陰になっている場所に立つ知盛を見付けた。
(あっ…)
駆け寄ろうとして走りだすが、彼の側に誰か居ることに気が付き、足を止めた。
彼の側に居たのは…菫色の長い髪の可愛らしい女の子。
自分ではとても履けそうもないミニスカートから覗く足がとても健康的に見えた。
少女が何か言うと、知盛の口元が笑みを形作る。
(嫌っ!!)
聞こえてくるのは少女の笑い声。
陰に隠れて見ているなんて、ひどく惨めに思えてくる。
これ以上、仲良さそう話している二人を見ていることなどできなくて、は踵を返し走り出した。
「……?」
すぐ近くにの気配がした気がして、知盛は思わず振り返った。
「えっ?どうしたの?」
「いや…まさかな。何でも無い。さて、急いで院を追おうか」
彼の娘がこのような場所にいる筈もない。来たとしたら賑やかに登場するはずだ。
知盛はしばらく彼方を見つめていたが、ただの気のせいだ、と一人呟いた。
人にぶつかった時に挫いた足首がひどく痛む。
裸足のままの足裏が砂利を踏んで痛みを発するが、気にはならない。
どこをどう走っているのか、此処がどこなのかわからないままは走った。
早くもとの時空に戻るのを願いながら。
だが、走っているうちに苦しくなって瞳いっぱいに涙が滲む。
(私…私…)
チクチクと胸が痛む、この痛みは何…?
苦しくなるのは走っているから?
そんな事じゃない。
これは、きっと…
(そっか、私…やっぱり…知盛さんの事を…)
この痛みの名は、漫画や小説等で描かれている最も有名な痛み。
(これが…)
“恋”
もっと早く気が付くべきだったのだ。
否、気が付かなければ良かったのかもしれない。
気が付かなければこんなに苦しい思いをしなかったのだから。
「平知盛」には…この先の戦いで、平家一門者と共に海に沈む運命が待っているのだから。