“いつかは夢から覚める”
これ以上は、自分の心に蓋をしなければならない。そう思うことにしていたのに…
ザザーン…
前期試験の勉強をしていた時、急激に眠気に襲われたはシャープペンを片手に持ったまま、教科書を枕に机に突っ伏していた。
微かに波の音が間近に聞こえてた気がして、ゆっくり瞼を開くとは船上に居たのだ。
木製の船は欄干が朱に塗られた派手な、しかし現代の船よりは小ぶりなもので、以前テレビで観た古代中国の船を彷彿とさせた。
「…こんな時に来るとはな…」
皮肉混じりの声が聞こえて、すぐ近くに佇んでいた人物に気が付く。
「知盛、さん?」
少しだけ首を傾げてしまう。
彼は、金ぴかの角が付いた鎧に、髪飾りか電波受信のためにか謎な赤色の装具、肌を掻いたら血が出そうな鋭い金の爪を付けていたから。
少女と楽しそうに話していた神社で見かけた以来、意識して避けていたせいか彼のもとに跳ばされることは無かった。
そのため、今の状況は全くの不意打ちで。
「こんな時って?知盛さん…その、格好は?」
お世辞にも彼の趣味のいい格好とは言えず、コスプレ?とは口が裂けても聞けない。
胸とか大事な場所は甲冑に覆われていないが、戦装束と纏っている状況はきっとこれから・・・
知盛は瞳を閉じ、静かに答える。
「クッ…これから戦が始まるのさ」
「い、くさって…?」
「…源氏との最後の戦になるだろうよ」
源氏との最後の戦…?それは、まさかあの有名な戦なのか。
「…嘘」
“平”その氏が示す通りならば彼は武将だ。それも有名な一門の。
初めてトリップして元の世界に戻って来た時、は平氏の歴史を調べようとはしなかった。
あの時出会った人達が生きている時空では戦は普通にあって、彼らの行く末は…あまりにも有名だったから。
まさか次の戦いとは壇ノ浦の合戦…?
いくら歴史に疎いでも、この戦の結末は知っている。
知っていても、無力な女一人では源平の合戦は止められない。
だけど、できることならば―…
は俯いていた顔を上げて、右手の小指を知盛の前に出して言う。
「私と指きりして。死なないって、絶対に生きて、次も私と会うって約束をしてください」
「クッ、俺が約束など守ると思うのか?」
小馬鹿にした言い方だが、彼の目はとても優しい。
優しく笑う知盛に、は首を横に振りながら答えた。
「思っているよ?・・・少なくとも、知盛さんは私に嘘をつく様な人じゃないもの」
だけど、お願いだから、口約束だけでもいいから「死なない」って言ってほしい。
涙が溢れそうになって、ぎゅっと下唇を噛みしめる。
本当は戦前に約束なんて意味が無いかもしれない。
こんな事は自己満足かもしれない。
それでも、彼と自分を繋ぎ止めておくものが欲しかった。
が涙を堪えて知盛を見つめていると、知盛もまた、へ真っ直ぐな視線を向ける。
感情の読み取れない、知盛の静かな眼差しがを包む。
どれくらい見つめ合っていたのか―…不意に、指先に知盛の小指が絡まった。
「…いいぜ。次にお前に会う時まで、な」
「約束、だよ…?」
そう言うと、ぽろぽろと堪えていた涙が止まらず、溢れる。
そんなの髪を知盛は労わる様に優しく撫でた。
その仕草がとても優しくて…恋しくて…
(このまま時間が止まってしまえばいいのに)
叶うはずは無いのに、これ以上愛しく思ってはいけないとわかっているのに、そう、願ってしまった。