「っ!!」
声にならない悲鳴を上げながらは飛び起きた。
時計の秒針の音が響く薄暗い室内を見渡して、ようやく此処が自分の部屋だったことに気がついた。
昨夜は就職活動の疲れからか、自分の部屋に帰ってからベットに倒れこんで寝てしまっていたのだ。
身体はくたくたに疲れていた筈なのに、時計を見るとまだ午前4時を過ぎたばかりの時刻。
額から吹き出した汗を拭う。
嫌な汗が全身から噴き出していて、喉はからからに乾いている。
口腔に張り付いてしまった舌をなんとか動かして、は喘ぎながら息を吐いた。
「また…だ…」
また自分は彼を止められなかった。
汗と涙でぐしゃぐしゃになった顔を両手で覆う。
あの日、知盛と指切りをした日から、は夢を見るようになっていた。
それは、とてもよく晴れた日。
血で紅く染まる船上に、自身も朱に染まり満足そうに笑う知盛の姿があった。
正面に太刀を構えて立つのは、以前知盛と話していた菫色の髪をした可愛い女の子。
彼女と後ろに控える男性達は突然現れたに驚き、戸惑いを見せる。
「っ、どうして、どうしてこんなことになっているの!?」
悲鳴に近い声を上げるに、太刀を手にした彼女は信じられないものを見ているかの様な、何とも言えない複雑な表情を浮かべた。
「えっと、貴女は、だれ?」
彼女の問いかけに答えることなく、は膝をついて朱色に染まる知盛に駆け寄った。
「知盛さん!!」
「本当に、馬鹿な女だな…お前は…」
溜息混じりの呟きは、どこか嬉しそうなのは何故だろうか。
荒い息を吐きながら最後の力とばかりに、船の欄干にもたれて遠くに逝こうとする彼に縋りつき、必死でこの世に呼び留める。
「ダメッ!!お願いっ死なないで!!」
「クッ、お前に会う時まで死ななかったさ…約束は守っただろう?」
ポロポロとの頬を溢れ落ちる涙を人指し指で拭い、何処までも穏やかな瞳で見つめながら彼は優しい声で言う。
「だが、これで終いだ。この戦を終わらせるためには、必要なことなのだ」
「そんなの、嫌だよ!待って知盛さんっ!!」
「見るべきものは全て見た、さ。最後にお前に逢えただけでも、上出来だ…」
の髪を撫で、どんなに泣いて止めても彼は必ず海へ身を投じてしまう。
満足そうに、海に沈む最後の瞬間まで何時もみたいに不敵に笑って。
腕を伸ばしても届かない指先。
頬にあたる水飛沫。
「いやぁぁ〜!!」
毎回、自分の叫び声で泣きながら目を覚ます。
それは、何度も繰り返す夢。
最初はただの夢だと思うようにしていた。
大好きな人の死ぬ夢なんて、止めることができないなんて悪夢としか思えなかった。
しかし、何度も繰り返し見るうちに確信してしまった。
きっとこの夢は、現実なんだってことを。
最近は眠るのが怖くてたまらない。
どんなに寝ないようにしても、体は正直で夜以外でも昼間や睡魔は襲ってくる。
(私は、どうしたらいい…?)
何度も考えても、答えなんか見つかるわけ無くて…
でも、これは誰にも相談は出来ない。
自分で状況を変えなければ、知盛を助けることは出来ないのだという確信に似た思いがあった。
情緒不安定なの様子に友人たちも心配しはじめたある日―…
自分の部屋に戻ったは、薄暗い室内で夜空に浮かぶ十六夜の光を反射して鈍く輝く物を見つけた。
それは、以前折れて壊れてしまった桜の髪飾り。
「…そうだ、そうだったっけ」
髪飾りを見てようやく思い出した。
(ああ…何でこんな大事なことを忘れていたんだろう…)
自分がどんな思いで毎日この髪飾りを付けていたのか。
髪飾りが壊れてしまった時の胸が張り裂けそうなくらいの悲しみを。
そして、知盛と再開できた時の気持ちを。