新たな決意を胸に、は船上で朱に染まる知盛と向き合っていた。
今にも船から落ちてしまいそうな彼は何時もの様子で優しくを見る。
このままでは知盛は渦を巻く海に飲み込まれてしまうだろう。
泣いて腕に縋っても止められないし、結末は何も変わらない。
「知盛さん、待って」
この人を助けたい。
そのためには、今回は絶対に泣くわけにはいかないのだ。
は唇をきつく結び、気を抜けば零れ落ちそうな涙を堪えた。
「…約束は守っただろう?」
何時もと同じ台詞。
うっすらと口の端を上げる知盛を真っ直ぐ見ていると、何時もとは違った静かな気持になれた。
不思議と先程まで早鐘を打っていた心臓はすっかりと静まっていた。
「まだ、だよ?」
自分でも信じられないくらい静かな声が唇から出た。
の言葉に、僅かにだが知盛の眉が怪訝そうに上がる。
合戦の掛け声で騒がしかったはずの船上だったのに、聞こえるのは波の音だけ。
先程まで知盛と剣を交えていた少女と仲間達は、二人のやり取りを固唾をのんで見詰めているのが痛いくらいわかった。
こちらに声をかけようとしたオレンジ色の長い髪の青年を、菫色の少女が止める。
彼女に心の中で「ありがとう」と思うと、つい緩んだの瞳から一滴、涙が零れ落ちた。
「まだ、一緒に桜を見ていないよ?」
そう、確かに彼と自分は約束したのだ。
まだ戦は始まっていなかったあの穏やかな時間の中で。
“来年は一緒に桜を見に行こうね”
“ああ…”
いつの間にか忘れてしまっていたけれど、ようやく思い出すことが出来た。
あの時の約束を。
「私はちゃんと思い出したよ?」
「クッ…全く、お前は…」
クツクツと知盛は船の欄干から手を放すと、自身の額に手を当てて肩を震わせながら笑いだす。
はそんな知盛に近付き、背伸びしてソッと頬に手を置いた。
「だから、まだ死ぬなんて許さないんだから。…私と一緒に生きてください」
「クッ…お前には敵わないな」
ぼろぼろと涙を流している自分は、きっとみっともない顔をしているだろうけれど、そんなことは気にもならない。
だって、ようやく望んでいた大事な人が黄泉への入口から振り向いてくれたのだから。
「仰せのままに…」
諦めが半分混じった笑みを浮かべると、知盛は頬に触れるの指に自分の指を絡めた。